
信仰を忘れた日本人へ。
長引く不況、天変地異、
緊張高まる国際情勢・・・・
かつてない国難のなかで、
国として、人として、どう生きるべきか、
確固たる指針を見失っている日本。
それは、物質的な豊かさだけを追い求め、
精神性や信仰の価値をなおざりにしてきた
当然の結果ではないでしょうか。
宗教を信じることは、
そんなに恥ずかしいことですか。
神を信じ、仏を信じるということは、人間として
いちばん大切なことではないのですか。
過去の「常識」を捨てなければ、
未来は拓けません。
私たち日本人は、
いまこそ「宗教は善なるもの」と悟り、
真実に目覚めるときなのです。



吉宗の時代に唯一、幕府の政策に逆らい、政府(地方政府)の支出を拡大することで、局地的な好景気をもたらすことに成功した人物がいる。当時の尾張藩主、徳川宗春である。
宗春は中央政府(幕府)の倹約令に真っ向から歯向かい、尾張藩の支出を拡大することで、名古屋に繁栄をもたらした。現在の名古屋の繁栄は、宗春がその礎を築いたとさえいわれているのだ。
倹約令の中で祭りを盛大に行おうとした宗春に、家老が意見した際の話である。
家老:幕府から倹約令が出ているところに祭りを旧に復するのは差しさわりがありますまいか。先代継友公は倹約を進めんとして祭りを縮小なさったのですぞ。
宗春:倹約せずに使った金はどうなる?たとえば贅沢三昧をして一夜の遊びに100両使ったとする。その100両は消えてしまうものなのか。
家老:もちろん、金は使えばなくなりまする。
宗春:金が消えてなくなるものか。贅沢に使った100両は遊女屋なり料理屋なりの懐に入る。その金は遊女から遊郭の番太にまでまわっていくであろう。遊女は簪(かんざし)を買い、ならば金は小間物屋にまわることになる。小間物屋は子供に小遣いをやり、子供は飴玉を買うかもしれん。飴玉屋は飴を作るために米を買う。つまり、金は消えてはおらんのだ。
幕府に逆らい続けた徳川宗春は、最終的には吉宗の怒りを買い、蟄居引退させられる羽目に至った。
しかし、当時の名古屋の繁栄は、現代まで続く同地の賑わいの基礎になったわけである。


